- 2006/01/12(木)
久しぶりに溜飲の下がる本に出会った。
題名通り「危険」な本だ。
特に「人権主義者」にとっては。
この本を一言で言えば「常識の否定」。
それは「人権主義者」の主張が如何にご都合主義で自分勝手なものかについて、相当の紙幅が割かれている事からもわかる。
しかもオウム事件の時のコメントを引き合いに出して、当時の言論人の主張がいかに滑稽極まりなく、現実離れしているか、情け容赦なく書いている。
更に話は続く。
そうした人権至上主義が「言葉狩り」などで戦後の文化をダメにしていったか、彼らの唱える正義が軽薄な代物か説いている。
個人的には「人権」を語る事は悪い事ではないと思っている。
しかし、この国で「人権」という言葉が濫用される現在、何とも胡散臭い物を感じるのは自分だけだろうか。
それは刑事事件で顕著だと思う。「加害者」の人権保護が声高に叫ばれる事があっても、最も救済が必要な「被害者」の救済はどうなっていたか。その対比は如何にご都合主義的に「人権」が使われていたかの証左だと思っている。
本書が書かれたのは1998年。
普通、この種の本の中身は時間の経過と共に古びていくが、本書に限っては決して古びていない。
ある意味で大変勉強になった。
著者 呉智英
メディアワークス発行 主婦の友社発売
題名通り「危険」な本だ。
特に「人権主義者」にとっては。
この本を一言で言えば「常識の否定」。
それは「人権主義者」の主張が如何にご都合主義で自分勝手なものかについて、相当の紙幅が割かれている事からもわかる。
しかもオウム事件の時のコメントを引き合いに出して、当時の言論人の主張がいかに滑稽極まりなく、現実離れしているか、情け容赦なく書いている。
更に話は続く。
そうした人権至上主義が「言葉狩り」などで戦後の文化をダメにしていったか、彼らの唱える正義が軽薄な代物か説いている。
個人的には「人権」を語る事は悪い事ではないと思っている。
しかし、この国で「人権」という言葉が濫用される現在、何とも胡散臭い物を感じるのは自分だけだろうか。
それは刑事事件で顕著だと思う。「加害者」の人権保護が声高に叫ばれる事があっても、最も救済が必要な「被害者」の救済はどうなっていたか。その対比は如何にご都合主義的に「人権」が使われていたかの証左だと思っている。
本書が書かれたのは1998年。
普通、この種の本の中身は時間の経過と共に古びていくが、本書に限っては決して古びていない。
ある意味で大変勉強になった。
著者 呉智英
メディアワークス発行 主婦の友社発売

